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大内義昭の現在は北九州中心に音楽活動中だった!病気で入院していたが力つきた・・・

大内義昭の現在は北九州中心に音楽活動中だった!病気で入院していたが力つきた・・・

大内義昭さんを皆さんご存知でしょうか。

多くの音楽を手がけてきている音楽プロデューサーです。

食道がん悪化のため、22日にお亡くなりになられました。

大内義昭さんは昨年1月にがんが見つかって病気での入院などをして闘病生活を送りながら音楽活動も行ってきていたようです。

大内義昭さん代表的な作品では

小比類巻かほるさんの「HOLDONME」

藤谷美和子とのデュエット曲『愛が生まれた日』がミリオンセールスを記録しました。

『愛が生まれた日』のサビ

愛が生まれた日
この瞬間に
永遠が始まるよ
君とだったら
生きて行ける
めぐり逢えた

ご家族とはこのような思いで過されていたのでしょうね。

ご家族といえば、ネット上でもあまり情報がないのですが、とある結婚式で奥様とお子さんとの3ショットの写真が載っていました。

2010年ごろの写真なのでお子さんは1人か2人いたのではないでしょうか。

55歳という若さでお亡くなりになられたのですが、まだお子さんは小さいのでこれからの成長を楽しみにしていたのではないかと思われますね。

そして、藤谷美和子とのデュエット曲『愛が生まれた日』がミリオンセールスを記録していますが、その後はなかなか交流は少なかったようですね。

今回の死去に伴って藤谷美和子さんのコメントです。

「当時からなかなかお目にかかる機会もなかったですが、とても寂しい。私にとっても大切な思い出の歌です。心からご冥福をお祈りします」

 

 

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大内義昭さんの音楽活動

引用:http://www.imhere.co.jp/artist/ohuchi.html

1984年 デュオグループ「DU-PLEX」としてCBSソニーよりデビュー。

1986年 作家活動を開始

1987年 小比類巻かほるに提供した「HOLD ON ME」が大ヒットする。

以後、小比類巻かほる、中森明菜、光GENJI、TAEKO 他多数のアーティスト、TV-CM、ゲーム・アニメ音楽、映画音楽、ドラマ主題歌をプロデュース。

1991年 世界陸上テーマソングをてがける。

1994年 藤谷美和子との『愛が生まれた日』でミリオンセールスを記録。日本有線大賞、レコード大賞新人賞受賞。
ワールドスーパーバレーのイメージソングをてがける。
北九州市市民文化奨励賞を受賞
北九州市制35周年記念イメージソング『Memories』を 作詞・作曲、CD発売する

1995年 「スターウォーズ」など、スピルバーグ作品の映画音楽を手掛けたジョン・ウィリアムズの息子であるTOTOのヴォーカリスト;ジョセフ・ウィリアムズに楽曲を提供するなど、ワールド・ワイドに活動。
1999年~ 北九州発の音楽制作会社(株)アイム・ヒアーを設立。
九州アーティスト学院を設立、学院長を務め、若手アーティストの育成にも力を入れている。

NHKテレビや民放ラジオでのレギュラー出演、小中高の校歌、地元企業の社歌の制作など地域に根ざした活動を展開している。
松本零士作品「クイーンエメラルダス」の映画音楽、NHK「ニュースシャトル北九州」オープニング&エンディング等の制作など、多方面で活躍している。

「手あらいうた」というものも作成していて、食中毒や感染症予防の観点から、子どもたちに持続的で正しい手洗­い習慣を身につけてもらうことを目的として、地元出身の大内義昭 作詞作曲のオリジナルの歌として製作されたようです。

youtubuにもアップされていますので、お子さんがいらっしゃる方は聞かせてみてはいかがでしょうか。

音楽制作会社(株)アイム・ヒアーの代表取締役社長として大変忙しい傍ら、大内義昭withアンジェリコ・ソースというアーティストとしても活動されていました。

メンバーは、

大内 義昭 Vocal,Gt.Key
津久場郷史 Irish Whistle,Gt
有田 宏  Bass

最初は音楽制作プロジェクトとしてスタート。
2003年7月、NHK北九州放送局”ニュースシャトル北九州”のオープニング&エンディングテーマ曲の制作を機に、ユニットとして演奏活動も開始。

その演奏スタイルはアコースティックなヴォーカルナンバーから、アイルランドのホイッスルをフィーチャーしたインストナンバーと幅広く、レパートリーもオリジナルに始まり、ロック、ポップスのカバー、童謡、民謡に至るまで”Angelico Sauce”流にアレンジ、比類のない音世界を追求している。

音楽アーティストとしてはこのような活動をされていますが、後輩の育成にも力を注いでいました。

それが「九州アーティスト学院」なのです。

この学校から多くの音楽家を輩出しているようですね。

この「九州アーティスト学院」を総合プロデュースしている大内義昭さんからのメッセージがこちらです。

大内義昭さんからのメッセージ

九州アーティスト学院は音楽を通し社会に貢献できる人間を目指し講師、レッスン生と共に心を高め合っています。多くのレッスン生と毎日向き合う中で、それぞれ一人一人に大きな役割があることに気づかされます。様々な逆境や悲しみにであった時、音楽が心の癒しになり安らぎを与えてくれます。

しかし本当の癒しとは、素直な心に立ち返りそして大いなる一歩を踏み出す勇気に繋げて行く事が音楽のもつ役割であり力なのです。

当スクールでは、ボーカルレッスン(ボイストレーニング)・ギター・ピアノ・その他楽器演奏、作詞作曲また、DAW(コンピュータミュージック制作)やアナウンスレッスン等初心者の方からプロを目指す方まで幅広く指導にあたっています。

 

 

そのほかのエピソード

大内義昭さんは元チェッカーズの高杢禎彦さんとも交流があったようです。

2013年頃ですが、高杢禎彦さんを歌の世界に呼び戻したのが、大内義昭さんということみたいです。
『高杢禎彦&大内義昭』として各地を歌い歩いていたようですので、親交は深かったのではないでしょうか。

そのときの状況がこちら

胃ガンの手術で腹部を切った事もあって歌う事に恐怖感があったが、福岡で大内義昭に偶然遭遇。
大内も高杢の声の力強さに歌を歌う事を勧め、
2010年10月10日にTBS系のスペシャル番組「1億3000万人のラブコール 懐かしのスターは今! 壮絶大追跡スペシャル」に出演、
チェッカーズのデビュー曲である「ギザギザハートの子守唄」をフルコーラス熱唱した。
これを契機に大内と「THE GUN」(ザ・ガン)というユニットを結成し、以後は2人で音楽活動をすることが多くなっている。
大内が手掛けたギラヴァンツ北九州の公式球団歌『燃えろギラヴァンツ〜太陽に向かって〜』も、
ライブでは2人が中心になって歌うことが多くなった。

こんな色んな音楽活動を通じて音楽界を引率してきた大内義昭さんですが、大事な方が亡くなられてとても残念です。

ご冥福をお祈り申し上げます。

最後に、テレビで大内義昭さんが音楽を手がけているドラマの放送があるようなのでお知らせしておきます。

悪役パパ
2015年05月26日(火) 01時50分~03時30分 / チャンネルNECO-HD
悪役専門のベテラン俳優が初の主役を得て、家族との対立の中、みごとに役をこなしていく姿を描く。悪役ばかりの父に、2人の娘はいつも不満を抱いていた。
初めて主役を演じることになった悪役専門のベテラン俳優の情熱と家族の絆を描くドラマ。新田たつおの原作を「バカヤロー!3 へんな奴ら」(90)の一挿話『こんなに混んでどうするの』やビデオ映画「静かなるドン」などを手がけた鹿島勤が監督。脚本は鹿島と大津是の共同。撮影は「ソナチネ」の柳島克己が担当。

最後までお読みいただきましてありがとうございます。

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